コラム
逆引きマーケ ちょっと寄り道

“日々、仕事で立ち返ること”
どうしてこのことを書かなかったのだろう、と今になってふと思った。
もしかすると私は、仕事の中にある「初々しさ」に鈍感になっていたのかもしれない。
先日、東京スカイツリー近くの取引先を訪問した帰り、オフィスへ戻るためにタクシーに乗った。
乗り場はスカイツリー駐車場の出口付近で、ちょうど一台のタクシーが滑り込んできた。
運転手さんは女性だった。
とても明るく、笑顔が自然な人だった。
「今日はいい天気ですね」
そんな何気ない会話をすると、その方は少し嬉しそうにこう言った。
「実は、お客さんが第一号なんです」
最初は意味がわからなかった。
すると続けて、
「今日からこの会社で働くことになって、今日が初出勤なんです。だから、お客さんが最初のお客様です」
そう話された。
私は思わず、
「それは、なんだか私も嬉しいです」
と答えていた。
すると運転手さんは、ますます嬉しそうに、
「タクシー運転手って、最初のお客さんのこと、ずっと覚えているものなんですよ」
と言った。
その言葉を聞いた瞬間、私も自分の“最初のお客様”のことを思い出していた。
私は36歳で起業した。
会社の名前は「有限会社アーティストユニオン」。
今も小さな会社だが、当時は今のように尊敬と信頼できるスタッフもおらず、たった一人の小さな小さな会社だった。
1999年。
まだ光回線もなく、ISDNの時代。
インターネットもホームページも、ようやく世の中に広がり始めた頃だった。
勢いだけで起業した私は、マーケティングの「マ」の字も知らなかった。
当然、営業計画もなければ、人脈も全くない。
「独立したら仕事は来るだろう」くらいの甘い考えも、どこかにあったのだと思う。
だから最初の仕事を得るまで、本当に苦しかった。
通帳の残高を見ながら不安どころか恐怖の毎日だった。
「自分は何をやっているんだろう」と思ったことも一度や二度ではない。
そんな中で、初めて仕事を依頼してくださったお客様が現れた。
あの時の嬉しさは、今でも忘れられない。
売上金額ではない。
「自分を必要としてくれた人がいる」ということが、ただただ嬉しかった。
昨日のタクシーの運転手さんも、きっと同じなのだと思う。
仕事には、必ず「最初」がある。
最初の出勤。
最初のお客様。
最初の失敗。
最初のありがとう。
でも、仕事に慣れていくと、人はその感覚を少しずつ忘れていく。
効率とか、成果とか、数字とか、予定とか。
もちろんそれらは大切だ。
けれど、その前にあったはずの「嬉しい」という感情を、私たちは置き忘れてしまう。
昨日、私はタクシーの後部座席で、少しだけ初心を思い出した。
仕事とは、本来、新しい誰かとの出会いなのだ。
そして、人に必要としてもらえることは、本当はとても幸せなことなのだと思う。
あの運転手さんは、これから何千人ものお客様を乗せるのだろう。
それでも、最初のお客様のことを覚えていると言った。
私も、自分の最初のお客様を、これからも忘れないでいたいと思う。
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