コラム
逆引きマーケ Vol.6 :
知らずにやってるマーケティング

マーケティングというと、多くの人は「専門家が考える難しい理論」や「大企業だけがやるもの」というイメージを持っているかもしれません。
でも実際には、私たちは毎日のように「マーケティングの工夫」に囲まれて生活しています。
しかも、それを実践している人の中には、「マーケティングをしている」という意識すらない人も少なくありません。
例えば、郵便ポスト。
毎日のようにたくさんのチラシが入っています。
多くの人は、ポストから取り出したチラシをそのまままとめてゴミ箱へ入れてしまうでしょう。
ところが、その中に一通だけ封筒が入っていたらどうでしょう。
宛名には、
「居住者様へ」
と書かれています。
「何だろう?」
そう思って、多くの人は封を開けます。
中身を見ると、近所のスーパーのLINE友だち登録キャンペーンの案内でした。
もちろん、封筒に入れれば印刷代も封入作業も増えます。
つまりコストは上がります。
それでも封筒にする理由は、とてもシンプルです。
「開封率が上がる」からです。
これは立派なマーケティングです。
「人は何に反応するのか。」
その心理を理解しているからこその工夫です。
もう一つ、スーパーの野菜売り場でも同じことが起きています。
夕方になると、鮮度が落ち始めた野菜が、棚の奥から手前へ移動していることがあります。
また、カレーのルーの横に玉ねぎやじゃがいもが並べられていたり、パスタソースの近くにパスタや粉チーズが置かれていたりします。
レシピの紹介POPの隣に必要な食材が並んでいることもあります。
これもマーケティングです。
「何を売るか」ではなく、
「どうすれば買いやすくなるか」を考えた結果です。
マーケティングというと、つい広告やSNSばかりに目が行きます。
しかし、本当のマーケティングは、もっと身近なところにあります。
封筒に入れる。
置き場所を変える。
順番を変える。
組み合わせを考える。
言葉を少し変える。
こうした小さな工夫の積み重ねが、人の行動を少しだけ変えます。
そして、その「少し」が積み重なることで、大きな成果になります。
私はこれを、「知らずにやってるマーケティング」と呼んでいます。
現場の担当者は、「マーケティング理論」や「消費者心理」という言葉を知らなくても、お客様を毎日見ているからこそ、自然と答えにたどり着いているのです。
だから私は、街を歩くときも、スーパーへ行くときも、お店へ入るときも、「この人は、何を狙ってこの工夫をしたのだろう?」と考えるようにしています。
マーケティングの教科書は本屋にもありますが、実は一番の教科書は、毎日の生活の中にあるのかもしれません。
こうした工夫は、「ナッジ理論」という考え方としても知られています。ナッジ(Nudge)とは、英語で「そっと背中を押す」という意味です。
命令したり、強制したり、値引きで無理に買ってもらうのではなく、人の心理や行動特性を理解し、「自然とその行動を選びたくなる環境」をつくる考え方です。
封筒に入ったチラシも、スーパーの陳列も、その本質は同じです。
「売り込み」ではなく、「行動しやすい仕組み」をつくること。
現場では「マーケティングをやっている」という意識はないかもしれません。
それでも、お客様をよく観察し、「どうすれば伝わるか」「どうすれば動きやすいか」を考え続けた結果、自然とナッジ理論に近い工夫にたどり着いているのです。
だから私は、このような身近な工夫を見るたびに思います。
マーケティングの教科書は、本屋だけにあるのではありません。
街を歩き、スーパーを歩き、お店を歩くこともまた、最高のマーケティングの勉強なのだと。
辻 正雄
デジタジオ株式会社(ビジコン運営)代表
株式会社アーティストユニオン代表
経営者に寄り添うマーケター:マサオフィス